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東京家庭裁判所 昭和58年(家)7647号 審判

申立人 李敬子 外4名

相手方 金秀明 外1名

主文

1  相手方金秀明は、別紙2遺産目録記載の土地、建物及び電話加入権の全部を取得する。

2  同相手方は、この審判が効力を生じた日から6ヵ月以内に、次の表の左欄に掲げた当事者に対して右欄に掲げた額の金員の支払をせよ。

申立人 李敬子

同  金祐子

同  金良一

同  金福子(順任)

相手方 金勇三

申立人 金四郎

9,407,000円

200,000円

17,313,000円

18,813,000円

18,813,000円

18,813,000円

3  本件手続費用中○○○に鑑定料として支給した分(36万円)は、別紙3の相続分一覧表のB欄に掲げた割合により申立人金祐子以外の当事者らの負担とし、その余の手続費用は、当事者各自の負担とする。

理由

[以下において、当事者の表示上、金姓の者の姓は省略し、また、外国人登録上の名と韓国の戸籍上の名とが異なる者については通常用いていると認められる前者の呼称によることとする。]

(準拠法)

本件は、被相続人(金始煥)が韓国籍につき、法例第25条により、準拠すべき法規はその本国法となる。よつて、実体関係は、1960年施行の現行韓国民法中財産相続に関する規定(ただし、1977年12月の同国民法の改正(同国同年法律第3051号)により改正された部分については、その改正前のもの)により審判する。

第1相続人及び法定相続分の割合

同国民法第1000条、第1003条、上記改正前の第1009条により、相続人及びそれらの法定相続分の比率は、以下のとおりであると認められる。

(1)  申立人 李敬子(被相続人の妻)  0.5 (全体の2/23)

(2)  同   祐子 (同    長女) 0.25(同  1/23)

(3)  同   良一 (同    長男) 1   (同  4/23)

(4)  相手方 秀明 (同    二男) 1   (同  4/23)

(5)  申立人 福子 (同    二女) 1   (同  4/23)

(6)  相手方 勇三 (同    三男) 1   (同  4/23)

(7)  申立人 四郎 (同    四男) 1   (同  4/23)

なお、この場合、申立人祐子は、相続開始時において被相続人とは同法第1009条第2項にいう「同一家籍内にない」に当たると判断される。

第2遺産及びその価額

遺産は別紙2の遺産目録記載のとおりであり(最終の審問において全当事者で合意)、その価額は、不動産につき鑑定人○○○の不動産鑑定評価及び電話加入権につき家庭裁判所調査官の電話聴取書に基づき、次のとおりと認める。

(1)  遺産目録1(1)(2)の土地及び建物(○○区○○○所在)

計67,140,000円

(2)  同目録2の土地(○○市所在) 34,932,000円

(3)  同目録3の電話加入権(2台)   計100,000円

(4)  総計            102,172,000円

第3具体的相続分

当事者らの法定の相続分の比率は上記第1のとおりであるが、すすんで本件遺産分割における具体的相続分について検討する。

1  申立人良一の特別受益

記録中の本件遺産たる土地建物に関する不動産登記簿謄本及び登記済権利証の類、申立人良一の審問の結果により成立の認められる甲第1号証(土地売買契約書)、証人朴武永の証言により成立の認められる乙第2号証(西健二(本名朴武永)の陳述書)、同第3号証(後記280番の6の土地の登記簿謄本)、証人朴武永の証言、申立人良一及び相手方秀明の各審問の結果、相手方秀明の昭和57年4月9日付けの書面、並びに昭和59年5月11日付け「申立人金良一の準備書面」と題する書面を総合すると、以下の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

被相続人(金始煥、日本名始川)は、韓国全羅南道の出身で、戦前に渡来し、始川商店の名で金属回収業を始め、昭和22年には○○区に遺産目録1の(1)(2)の土地建物を取得し(昭和36年までの間に妻李敬子との間で登記簿上の所有名義の往復あり。)、これを住居兼営業の本拠とし、次いで昭和40年1月には営業用の物品置場として使用するため、○○市に遺産目録2の土地とその隣接の同所280番の6の333,30m2の宅地(買受け当時280番の3の土地の一部)とを取得した。その間被相続人は、本件の申立人の李敬子と婚姻し、その余の当事者である子らをもうけた。しかし、李敬子は、病気で昭和30年頃から入院していた。ところで、被相続人は、昭和40年に大学を修了した長男の申立人良一に他の職を選ばせず、これに将来家業を継がせる含みで金属回収業の仕事を手伝わせた。しかし、被相続人と同申立人とは、営業方針について強く意見が対立し、また、昭和42年頃に同申立人の結婚話がもちあがつたところ、挙式のあり方についても親子の主張が対立した。それらのため、同申立人は、被相続人の意向もあつて、昭和43年1月被相続人の家を出て他所に住まい、また他に職を求めることになつた。しかし、被相続人は、その頃古い友人の朴武永(西健二)に依頼し、同月24日頃同人を介して同申立人に金150万円を提供し、同申立人はこれを受領した。朴武永は、被相続人の意向により、この金員提供の趣旨として同申立人が父親(被相続人)から独立して所帯を持ち、職も他に得るにあたつて、結婚及び自立の費用として与えるものである旨告げ、同申立人はこれを了承した。よつて、これは同申立人にとつて韓国民法1008条にいう被相続人から財産の贈与を受けたに当たると認められる。

この金銭による特別受益の額は、その贈与を得てから1月余で相続が開始しているので、贈与の額(金150万円)そのものによることとする。もつとも、被相続人は、同月11日に上記○○市に取得した土地を分筆したうえ、分筆された280番の6の333.30m2の宅地の方を同月23日代金150万円で他に売却したこと(もつとも、契約自体は買主側の要望により前年6月に締結されたもので、うち金10万円も手付として当時受領済)が認められ、また、被相続人は上記申立人良一に対する150万円の贈与金の大部分にこの土地売却代金を充てたと推認される。しかし、同申立人がその経過を聞かされてその贈与を受けたとか、その頃その受益で自分の不動産を買受けたとかの事実は認められないから、同申立人の特別受益額につきその後の土地価額の騰貴を考慮することもできない。

2  相続開始後の申立人良一の相続分の処分の有無

相手方秀明は、本件遺産分割につき申立人良一には具体的相続分がなく、その理由として、同申立人は被相続人の死亡後において、その相続について同相手方にすべて相続させることに合意していたと主張する。そこで、前掲資料のほか、申立人福子の審問(2回)の結果により検討すると、以下の事実が認められる。これらの証拠中以下の認定事実に反する部分及び以下の認定事実を超える事実の供述部分は、採用することができず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

相手方秀明は、昭和37年高校2年のころ被相続人である父の始煥の求めで三輪車の運転免許をとり、始煥の家業を手伝つていたことがある。ところで、被相続人始煥は、昭和43年1月末頃申立人良一が○○の家を出るや、その頃定職のなかつた二男の同相手方に、家業の金属回収業の仕事を手伝わせ始めたところ、被相続人は、同年2月28日突然61歳で死亡してしまつた。その頃は、申立人福子は未婚で、○○の家に同居していた。

いまだ大黒柱であつた被相続人始煥の急死は一家にとつて予想しなかつたところであり、その通夜の席か葬儀後に本件当事者らの大部分及び上記朴武永ら被相続人と極く親しかつた者2、3人が集まつていた席で、被相続人死亡による急場をどう凌ぐかや一家の今後をどうするかについて話し合われた。その結果、一家の運営は当面現状を維持するほかはなく、ことに家業は相手方秀明が被相続人を継いでその経営に当たることが承認された。同時に、当面同相手方が被相続人の家に残された者の面倒をみることにもなつた。なお、その際に、被相続人の家を出て間もない申立人良一は、長男としての立場上一応自分が被相続人の家に戻り、家業を継ぐ旨述べたが、同席した朴武永から上記1の被相続人の家を出たいきさつ等を指摘されて、他の同席の相続人らと共に、相手方秀明が引続き被相続人の家に住み、その営業の主体になることを承認した。

ところで、

(1) この話合いのとき、出席者の間では「相手方秀明が家業を継ぐ、始川家を継ぐ」という言葉で意見が述べられたが、なんら書面は作成されなかつたし、被相続人の遺産について明らかにその分割や自己の相続分の処分を意味する言葉が交わされた様子はない。

(2) また、この話合いの席で、朴武永は、上記1の同申立人に金150万円を渡したことを明らかにするとともに、その授受の際に同申立人に書かせた1枚の書面を呈示し、同申立人もその書面の記載を否定しなかつた。この書面は、その後朴武永が紛失したので記載内容の詳細は明らかでないが金150万円を受領した旨のほか、おおよそ「今後、同申立人、は、被相続人の家を出て自活し、被相続人を頼ることはしない。」というような自立を誓約する文言が記載されていた模様である。しかし、この書面に、被相続人の死亡後のことを予定した誓約文言例えば「被相続人が死亡したときに相続を放棄する。」とか「遺産の配分に与からない。」という趣旨の文言が記載されていたとまでは認めることができない。

(3) 相手方秀明は、被相続人により家業の後継者と定められていたわけではなく、かえつて当時22歳で、家業を手伝うようになつて間がないので、同相手方の営業上の力量や今後家族の面倒をみて行くことについて、他の相続人らの十分な信頼を得ていたとは認められない。

(4) その当時、同相手方からも朴武永からも本件遺産たる不動産の名義を相手方秀明に移転しようとする提案がなされた様子はない。かえつて、相続開始後間もなく、申立人祐子と同福子とは、相談のうえ被相続人方の金庫にあつた本件遺産たる不動産の登記権利証を、「これは大事なものである。」と言つて、その頃すでに家を出ていた同祐子方で保管することとし、後に申立人良一に引渡した。

朴武永と相手方秀明とは、上記(1)の話合いの席で交わされた「相手方秀明が家業を継ぐ」の言葉等により、同申立人を始め同席の他の相続人らが遺産の全部を同相手方に相続させることを同相手方に約したものと考える(少なくとも、今後母や弟、妹らの面倒をみて行く限り他の相続人らから相続財産の配分を要求されることはないと強く期待する)に至つたもののようである。しかし、「相手方秀明が被相続人の家業を継ぐ」ことを承認したということからは、にわかに承認者らがその相続分を処分したということはできないし、さらに以上の(1)から(4)までの事情からすると、出席した相続人らの間で相手方秀明が引継ぐ家業を盛りたてる気運が醸成されたものの、被相続人の遺産の分割ないし相手方のためにする相続分の処分に当たる合意が完結的になされたものと認定判断することはできない。そして申立人良一に限つてみても、すすんで同相手方に対する自己の相続分の処分に当たる具体的な意思表示をしたと認めることはできない。

なお、前掲各資料によれば、被相続人の死亡後しばらくして、相手方秀明は料亭に営業関係の得意先を招いて「同相手方が被相続人の跡を継ぎます」旨の被露を行い、申立人良一もこれに立会つたことが認められるが、これまた同相手方が相続上の権利行使をしないことを約した証左とみるこはできない。

3  本件手続中における相続分の移動

(1) 申立人祐子は、審問において、別段の条件をつけないで「自分の相続分としては、いわばハンコ代として金20万円を貰えればよく、その余はみんなで分けてほしい。」旨申述した。この申述の趣旨は、自己の相続分から金20万円を控除した残額相当分を、他の相続人らに対してそれらの法定相続分割合いの比率に従い譲渡する旨を意思表示したにほかならず、かつ、本件手続きにおける合意解決のための努力の経緯からすると、他の相続人らはすべてこの申立人祐子の相続分譲渡を受入れているものと認められる。

(2) 相手方勇三は、審問において、「自分としては、病院を退院したときに他の者に面倒をみて貰えればよく、別に金銭などは要らない。本件遺産分割の方法については裁判所にまかせる。」旨述べた。しかし、同相手方にとつて退院後の取扱いは重要なことであるとしても、これでは自己の相続分の処分として十全な意思表示であるとはいいがたく、同相手方が健康を害し、準禁治産者であることも併せ考えると、何らか相続分の処分の効果を認めることはできない。よつて、同相手方が他の共同相続人から世話を受けるということと同相手方に配分される遺産との関係は、遺産分割後の措置に委ねることとする。

(3) 一部の当事者は、合意による解決に努力している過程では相応の譲歩を示したが、審判に当たつては、申立人祐子を除き自己の相続分相当の遺産分割を求めた。

4  本件具体的相続分の確定

以上検討したところにより、本件遺産分割における各相続人らの具体的相続分について以下のとおり整理する。

(1) 申立人良一については、韓国民法第1008条により、上記1の特別受益の額を除いた部分がその相続分となることになる。ということは、結局、日本民法第903条第1項におけると同様に、一旦その特別受益額(1,500,000円)を現存遺産の額(102,172,000円)に加えたもの(103,672,000円)を相続財産とみなし、このみなし相続財産につき各人の相続分割合によりその価額を算定することになる。ただし、申立人良一については、このように算出した同人の相続分から特別受益額を控除した残額を現存遺産に対するその相続分とすべきことになる。

(2) 上記3(1)の申立人祐子の相続分譲渡により、同申立人の具体的相続分は金20万円となり、これを超える分は、その余の当事者らにそれらの相続分の比率により移転したことになる。結局、同申立人以外の当事者は、現存遺産から金20万円を控除したもの(101,972,000円)について遺産配分に与ることになる。

(3) 以上の(1)及び(2)の事由を踏まえて、本件遺産分割における現存遺産に対する各当事者(相続人)の具体的相続分を算定すると、別紙3の「相続分一覧表」C欄掲記のとおりである。

第4遺産分割の方法

1  当事者らの要望

相手方秀明が被相続人の家業(金属回収業)を継いだことから、同相手方は遺産目録1の土地建物(在○○区)を取得することを求め、申立人良一もこれに反対しなかつた。同目録2の土地(在○○市)については、同相手方が、営業に用いていることから(同申立人が一切相続をしない旨約したとの見解にも基づく。)、その全部の配分をも求めたのに対し、同申立人もまた、長男として将来とも遺産の現物の一部を保有するため(自己使用目的もある。)、その全部又は一部の取得を強く要求した。

その余の当事者らは、いずれも遺産の現物配分は求めず、申立人李敬子および相手方勇三以外の当事者は金銭での配分方を要望した。

2  遺産の現物配分(主文第1項)

上記1の当事者らの意向に沿つて、○○区の土地建物は、同所に架設されている同目録3の電話加入権と共に、相手方秀明に取得させる。

○○市の土地も、その全部を家業(金属回収業)を継いだ同相手方に取得させるのを相当と認める。申立人良一が長男として遺産たる不動産の一部の配分を求める心情は理解できるが、

(1) ○○市の土地は、相続開始時には未だ現実に使用されていなかつたようであるが、被相続人が将来家業に用いるために買入れたものと認められる。

(2) 相手方秀明は、相続開始後間もなくそれまで商品置場に使つていた○○区の他人所有地を明渡さなければならなくなつたこと等により、この○○市の土地を物品の置場として使用を始め、現に上記家業に使用している。本件では遺産分割の申立て自体が相続開始後12年余を経てなされているが、遺産分割のまえに同相手方が家業に使用を始めたこと自体については他の共同相続人らから批判を受けていなかつた。

(3) 申立人良一は受贈当時知らなかつたとはいえ、上記第3の1の特別受益金150万円のうちの多くは、被相続人が○○市の土地の一部を分筆、売却して得た金員である。

(4) 同申立人の具体的相続分は1731万円相当であるところ、現存○○市の土地は、面積や道路との間口が狭い地形の状況からして、さらに分筆することは不可能でないにしても、利用効率を極めて低下させ、不利であると認められる。

これらを考察すると、○○市の土地もまた、家業を継いだ相手方秀明にその全部を取得させるのが相当であると認められる。

3  調整金の支払い(主文第2項)

そうすると、遺産の現物はすべて相手方秀明が取得することになるので、他の当事者らに対しては、遺産分割の方法として、現物の取得に代えて同相手方から各人の相続分の額(別紙3の具体的相続分一覧表のC欄)に相当する調整金を支払わせることとする。なお、金策のため6か月の猶予期間を置くこととした(仮に、同相手方において本件相続財産の一部を他に売卻するのであるとすれば、先ず被相続人の血を引いた申立人良一と交渉るすのが望ましい。)

遺産分割の方法としてのこれらの措置は、準拠法たる韓国法に反しないものと解する。

第5手続費用の負担(主文第3項)

本件手続費用中不動産鑑定料として○○○に支給した分(36万円)は、諸般の状況から申立人祐子以外の当事者らにその相続分割合によって負担させ、その余の手続費用は、当事者ら各自の自弁とする。

第6まとめ

以上検討したところにより、本件被相続人金始煥の遺産分割として、主文のとおり審判する。

(家事審判官 内田恒久)

別紙3

相続分一覧表

A 1977年改正前の韓国民法による法定相続分の割合

具体的相続分

B みなし相続財産(祐子分20万円を除く)に対するその割分

C 現存遺産中に占めるその価額

(単位千円)

申立人 李敬子

23分の2

11分の1

9,407

同 祐子

23分の1

(20万円)

200

同 良一

23分の4

11分の2

17,313(特別受益1,500控除後)

相手方 秀明

23分の4

11分の2

18,813

申立人 福子

23分の4

11分の2

18,813

相手方 勇三

23分の4

11分の2

18,813

申立人 四郎

23分の4

11分の2

18,813

23分の23=1

11分の11

(別に20万円)

102,172(現存遺産の計に同じ。)

相続財産とみなされる額-祐子分=103,372-200=103,472(千円)

別紙当事者目録〈省略〉

遺産目録〈省略〉

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